遊撃手とは、野球の内野手で2塁と3塁の間で守っている選手です。
英語では、short stopでSSと略し、日本ではショートと呼ばれています。
一般的に背番号は6になります。
この記事では、ショートが日本語で遊撃手となった歴史をお伝えしています。
興味のある方は、読んでみて下さい。
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遊撃手の意味
1845年以前の野球は1チーム10~12人の編成でした。
その時の守備位置は、現代野球とは少し異なります。
ファースト、セカンド、サードは、塁上を守ってピッチャーの両側に2人守っていました。
ちょうど、前進守備のショートとセカンドの位置になります。
この両側2人のことを、短い距離で打球を処理することからアメリカではショートストップ(S.S)と呼びました。
その後のルール変更で、9人制になってショートストップ(S.S)が後方に下がる形で現在の2塁ベースと3塁ベースの間を守るようになりました。
ショートが遊撃手と呼ばれるようになった由来と野球用語の歴史
ショートを遊撃手として広めたのは中馬庚
ショートストップを遊撃手として広めたのは、教師である中馬 庚(ちゅうま かのえ)です。
中馬 庚(ちゅうま かのえ)は、ベースボールを野球と翻訳して有名です。
中馬 庚(ちゅうま かのえ)が、ショート・ストップを遊撃手と攻撃的な名前にしたのは、「戦列で時期を見て待機し、動き回って守備を固める“遊軍”のようだ」と言ったことに由来します。
ベースボールを野球と訳しことと、野球という言葉が一般的に使われるようになった経緯については、以下の表のようになります。
1893年 | 中馬庚が第一高等中学校の「ベースボール部史」を執筆依頼される。 当時はのベースボールは底球と訳されテニスと紛らわしいので新しく訳語を考える必要があった。 |
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1894年 | 「Ball in the field」を基にベースボールを野球と命名。 テニスは庭でするので「庭球」、ベースボールは「野原」でするものでと説明。 |
1895年 | 「ベースボール部史」が「一高野球部史」として発行 |
1897年 | 中馬庚は一般向けに野球専門書「野球」を出版。 |
1902年(およそ) | 新聞や雑誌で「野球」が一般的に使われるようになる。 その後教師となる。 |
正岡子規が野球用語を訳した
正岡子規は、文学に多大な影響を与えた人物で有名ですが、野球界にも強く影響を与えています。
1890年には、自身の別名として幼少時の「升(のぼる)」にちなんで『野球』と書いて『のぼーる』という言葉を使っていました。
中馬 庚(ちゅうま かのえ)がベースボールを野球(やきゅう)と訳した4年前のことです。
読み方こそ違いますが、同じ漢字が使われていたので、中馬 庚(ちゅうま かのえ)は正岡子規からインスピレーションを受けていたかもしれませんね。
正岡子規は、戦時中に英語を禁止されている以下の野球用語を訳したと言われています。
- バッター・・・打者
- ランナー・・・走者
- デッドボール・・・死球
- フライ・・・飛球
- ストレート・・・直球
現在でもそれが残って、メディアなどで表現する際に一般的になっていますよね。
正岡子規は、ショートストップ「short=短く」「stop=遮る」を直訳して短遮(たんしょ)や短遮者としました。
ですが、これはあまり普及されませんでした。
遊撃手の役割と適正
遊撃手は、守備の要と言われておりその役割は多く、適正も必要とされています。
遊撃手の役割
遊撃手の役割を簡単に説明すると以下になります。
- セカンドとの連携
- 中継プレー
- 盗塁や牽制のベースカバー
また、守備位置が2塁ベースと3塁ベースを結んだラインより後方なので、広範囲に守らなくてはいけません。
遊撃手の適正
遊撃手は、守備の要で広範囲を守らなくてはいけません。
遊撃手の適正は以下の通りです。
- 運動神経が良い
- 肩が強い
- 足が速い
- 判断力に長けている
- 守備が上手い