雑学

サッカーとフットボールは同じ競技!国によって呼び名が違うだけ

サッカーとフットボールは同じ競技です。

しかし、国によってサッカーと呼ぶ国、フットボールと呼ぶ国があります。

この記事では、サッカーと呼ぶ国とフットボールと呼ぶ国が違う経緯についてイギリスとアメリカの視点から解説しています。

サッカーとフットボール国ごとの呼び方

サッカーもフットボールも同じ意味ですが、国によって呼び方は異なります

以下がサッカーと呼んでいる国とフットボールと呼んでいる国をまとめた表です。

サッカー フットボール
アメリカ 英国
カナダ フランス
オーストラリア ドイツ
ニュージーランド スペイン
日本 ポルトガル
韓国 ブラジル
南アフリカ アルゼンチン

サッカーと呼んでいる国は、他のフットボール競技がメジャーなので使い分けている傾向にあります。

代表的なのがアメリカです。

日本ではアメリカンフットボールと言いますが、アメリカではフットボール=アメリカンフットボールのことを指します。

日本については、後ほど解説していきます。

フットボールの始まり

フットボールの始まりは諸説ありますが、ここではイギリス中心の事象を取り上げていきます。

当時はルールが無い競技

19世紀初頭、イギリスの上流階級の学校の生徒を中心に、ボールを敵陣の最終ラインに入れ込むゲームが流行していました。

蹴っても手で抱え込んでも良かったので、激しいボールの奪い合いがありました。

無秩序状態なので、乱闘のような形になって怪我人や重症者も出るようなスポーツと言えない形でした。

ルールの制定とフットボールが定着

1863年、イーストン校やウェストミンスター校のOBがバラバラだったこの競技のルールを制定するために、協会を設立しました。

それが、フットボール協会でこの競技をアソシエーション・フットボール(Association Football)と呼ぶことにしました。

このため、ヨーロッパ圏ではフットボールと呼ばれるようになりました。

フットボールから派生したラグビー

1863年のフットボール協会のルールの制定に異議を唱えたのが、イギリス名門のラグービー校です。

フットボール協会のルールでは、手を使うことは禁止されていました。

ラグビー校は伝統的に手を使ってプレーするスタイルを採用されていました。

その他にも、ロンドン南東部ブラックヒースの代表団なども同じくラグビー校と同じようなスタイルを採用していたところもあったので、手の使用禁止派と意見は割れてしまいました。

結局は、ラグビー校とそれを支持する団体がフットボール協会から脱退する形になりました。

ラグビー校式フットボールは、ラグビーとして後に広まっていきました。

アメリカでサッカーと呼ばれる背景

アメリカでサッカーと呼ばれるようになったのは、結論から言うとラグビー校式フットボールをベースに進化したアメリカンフットボールが人気になったからです。

アメリカのサッカーとフットボールの歴史

アメリカで先に広まったのがアソシエーション・フットボール(サッカー)です。

その後、ラグビー校式フットボールが広まり全米各地で人気を博しました。

簡単な年表は以下のようになります。

1869年 アソシエーション式フットボール初の試合がラトガーズ大学とプリンストン大学の間で行われる。
1873年 ルール標準化のためのインターカレッジエイト・(サッカー)フットボール・アソシエーションが作られる。(コロンビア大学、プリンストン大学、ラトガーズ大学、およびエール大学ハーバード大学は不参加)
1874~85年 ハーバード大学がカナダのマギル大学とラグビー校式フットボールの試合を行い、シーズン戦を実施した。
19世紀後半以降 ラグビー校式フットボールが他の学校にも人気が出て流行となり、後にアメリカンフットボール特有の形式になり広まる。

アメリカでは、ラグビー校式フットボールをフットボールと呼ぶのが一般的になりました。

そして、先に伝わったアソシエーション式のフットボールの正式名称である、Association Footballのsocとってsoccerと呼ばれるようになりました。

日本でサッカーと呼ばれる経緯

日本では、サッカーと呼ばれる経緯について詳細は明記されていません。

しかし、有力な説には筑波大学の前身である体操伝習所の学生が広めたと言われています。

イギリス海軍から伝えられたが広まらず

1873年に、イギリス海軍のダラス少佐らが海軍軍人にアソシエーション・フットボールを日本で最初に伝えられました。

イギリスでは、フットボールと呼ばれるわけなのですが、それが浸透していないということは、全国的に広がりを見せなかったかもしれませんね。

 

体操伝習所の学生が広めた

サッカーとして伝わるということは、何らかの形でアメリカが関係しているのが推測できます。

それが、筑波大学の前身である体操伝習所です。

体操伝習所には以下の2つの目的のために1878年に設立されました。

  • 体育教員や指導者を養成
  • 日本の近代体育の推進

イギリス海軍のダラス少佐らが伝えたとされる5年後です。

そこでは、体育教師にアメリカ人が採用されていて授業が行われていました。

授業ではサッカーも教えられていて、指導者がアメリカ人であれば、アソシエーション・フットボールをサッカーと略して呼ぶので、学生たちはサッカーと認識します。

そこで学んだ学生は卒業後に体育教師としてアソシエーション・フットボールのアを取ってア式蹴球(サッカー)としてを全国各地で教えることになります。

ということは、必然的に全国の子供たちにもアソシエーション・フットボール=ア式蹴球(サッカー)として広まります。

ちなみに、伝統のあるサッカー部である1918年創部の東京大学や、1924年創部の早稲田大学などは部の名称がア式蹴球部として今も残っています。

ア式蹴球部とは

ア式蹴球とは、アソシエーション・フットボール(Association Football)の頭文字であるアを取ってフットボールを蹴球と日本語にしたものです。

これは、ラグビーと区別するためです。

上述では、イギリスでアソシエーション式フットボール(サッカー)とラグビー校式フットボール(ラグビー)が分かれた経緯について解説しました。

それが、アソシエーション・フットボール(Association Football)とラグビー・フットボール(Rugby Football)と別れた形で日本にも伝わりました。

どちらも、フットボールという言葉が使われているので日本では以下のように略しました。

アソシエーション・フットボール(Association Football) ア式蹴球
ラグビー・フットボール
(Rugby Football)
ラ式蹴球

 

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